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東京高等裁判所 昭和31年(ナ)5号 判決 1957年12月26日

原告 今里重義 外一名

被告 中央選挙管理会

主文

原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「一、昭和三十一年七月八日執行の参議院全国区選出議員選挙は無効なることを確認する。一ノ二(予備的請求の趣旨)右の選挙は同月十二日中央選挙管理会発表の当落確定名簿記載当選者の末位より十名落選者(次点)首位より十名計二十名の当選並びに落選は確定せざるものであることを認める。従つて、この部分における当該選挙は無効であることを確認する。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、訴外東京都新宿区東大久保二丁目二番地青柳長次郎は昭和三十一年七月八日執行の参議院半数改選通常選挙に当り生活愛護の会会長松平俊子の代人南俊夫の推薦により同年六月二十三日被告に対して全国区選出議員の候補者として立候補の届出をなし、同時に青柳長次郎はその推薦を承諾して同日以後選挙運動を継続した。原告等は当該選挙に当りその選挙人である。

二、被告は右立候補の届出は受理するが選挙公報掲載申出期日を経過しているから選挙公報への登載は出来ぬと告げたが、届出が受理された以上選挙運動は出来るだろうとの推定の下に選挙運動を開始した。

三、青柳長次郎は東京都内に本部を設け、福岡市、別府市、宮崎市、鹿児島市、熊本市、広島市、松江市、高松市、大阪市(近畿支部)、名古屋市(東海支部)、仙台市(東北支部)、札幌市に選挙運動員を配置して運動をした。

四、この運動の主要方針は四十万票獲得を目標に(イ)九州地区全体で十万票(ロ)中国、四国で五万票(ハ)近畿地区で十万票(ニ)関東一体で十万票(ホ)東北及び北海道で五万票の予算で官給葉書六万枚ポスター五万枚、ラジオ放送候補者政策放送一回、経歴放送三回、公営新聞公告一回、読売、朝日、西日本外に朝日、毎日、読売、産経の各アンケート登載の文書運動の外、全国配属の運動員約七十五名外に本部及び各支部使用労務者延人員約六百名を使つて選挙運動を展開した。

五、然るに選挙公報には青柳候補が記載されなかつたため七月の選挙運動最盛期に突入し、七月四日大分県選挙公報が各選挙人に配布されるやこの選挙運動は重大な支障に遭遇するに至つた。各地の有権者は、候補者が辞退したものと想像した模様で市内からは電話連絡、電報等にて問合せが本部に続々として連絡があり、事実上選挙運動は半身不随の状態の侭継続するの外なき状況に立ち至つた。ある地区(茨城県)では一種の選挙妨害なりとして選挙管理委員会に詰問するものがあり、またある地区(大分県)で県当局の失態なりとして概嘆するあり、遠隔の地域程辞退せざることを宣明するに異常の努力をしたのである。本部としてはこれを捨て置けず全国支部員に(ホーリツジヨウ コウホウケイサイデキヌガ ケイジソノタノセンデ ンニテウンドウケイゾクタノム」アオヤギ)の急電約八十通を発した。しかも、七月八日開票の結果は得票六四四六票にて最下位に位置したに過ぎぬ。

六、青柳候補は昭和二十二年四月執行された第一回参議院全国区選挙に立ち四万八千票を得ており、昭和二十五年五月第二回の参議院改選に立候補した際も資金不足で殆ど運動らしきことをしなかつたにも拘らず一万五千票を得ており、第三回目の今回は時期後れの憾はあつたが、全国的に相当の手配をなし、文書戦は完全に全部を使用し尽し選挙費用も各地の同志の立替醵金を加算すれば法定費用にも達せんと思量せらるるに拘らず今次選挙の実績は甚しき不成績に終つたのである。

七、以上の如き結果を生じたのは全く同候補者が選挙公報に登載されなかつたためであつて、選挙公報は参議院全国区の場合全く官報としての威力を有するものであつて、選挙公報に登載なき候補者の選挙運動は一切無意義無効と断ずるの外ないのである。

従つて、原告等は全国選挙人が法律上公正且均等に候補者を選択し得るために候補者全部が選挙公報に掲載せらるることが必要であると主張するものである。

八、以上の如き経過から考えると、公職選挙法第百六十八条の規定は、公務員を選定する国民固有の権利を侵害するものであつて、憲法第十五条第一項に違背するものである。

(一)、選挙の期日前十八日までに立候補したものでないと選挙公報に掲載せられないことは当該候補者が承知の上であるから、公報に登載されないことは何等被選挙上異存はないけれども、選挙という行動は日本全国的に行われるので、公報に載せられないで当該候補者が独り公報から脱落した事実を見て当該候補者が立候補を断念したものと断定しまたは断念したものかと疑念を抱く者はおそらく全国選挙人の九十九パーセントであり、公報を見ても何等疑義をもたぬものは当該候補者と外に若干少数特殊な関係者のみであつて日本国民全選挙人の数からこれを比較すれば十数人又は数十人に過ぎぬもので全国選挙民の九十九パーセントは当該候補者が立候補を断念したものと考え当該候補者への選挙を中止するの結果となり、従つて、憲法第十五条第一項に定められた公務員を選定する国民固有の権利を害するものである。

(二)、公職選挙法第百六十八条の規定による公報には載せられなくてもラジオ放送、公営新聞公告、ポスター、官製ハガキ等により該立候補者は候補を宣伝することが出来るのであるから独り選挙公報に登載されなかつたという事だけを以つて憲法上保障された国民の公務員選挙権を侵害したということはできないとの主張が行われるかも知れぬが、ラジオ、新聞、ポスター、葉書等すべて立候補者自身のものでこれを「公的に裏付ける」ものが選挙公報であつて、選挙に当り一番有力なるものは選挙公報であること多言を要しないところである。換言すれば、他の宣伝機関による宣伝ありとするも選挙公報に脱落欠除されたる者は最終的に立候補を断念したるものと一般選挙人より推断せられても止むを得ないと考える。更に換言すれば、宣伝方法のうち最も有力であり公的である選挙公報に掲載されないことは該候補者に対して投票しない要因をなしたものといえる。

(三)、以上は理論であるが、果せる哉実際的に選挙日真近になるにつれ各地より該候補者が選挙公報から除外されているので、疑念を抱き問合せて来たのでこれらに対し電報によつて断念したのではない旨を発信した事実によつてうかがわれるように、日本全国各地の選挙人はその選挙権行使に当り障害を来した。

(四)、憲法によつて保障される公務員選定の国民固有の権利を侵害し又は障害を来たす規定たる公職選挙法第一六八条は憲法が最高法規であつてこれに反する法令は無効であるという憲法第九八条に基き無効であるから、かかる法規に則り施行された選挙は無効といわねばならぬ。

九、公職選挙法第一六八条は、選挙に関する事項を法律で定める旨を規定した憲法第四七条に違反するものである。

憲法第四七条に投票の方法その他議員の選挙に関する事項は法律でこれを定めるという立法の精神は立候補者を公平に平等に取扱うことを根本趣旨とすることは勿論であつて、公職選挙法第一六八条の如く選挙日十八日前後の届出によつて区別、差別待遇するが如きことは予想だもしないので、この観点からも公職選挙法第一六八条は憲法第四七条違反の規定であるといわなければならない。被告は公職選挙法第一六八条第一項末段の規定を施行法令と解釈して同法施行令第一二六条の告示を規定通りに選挙期日前十八日に制限告知した。右は事実上可能な公報登載を法律上不可能としたものであつて、候補者に対する制限の如何に拘らず直接に選挙人の享受し得る公正均分の選択権を不当に歪曲したものである。

参議院全国区選挙における公報登載の価値は昭和三十一年度即ち第四回目の選挙の実況にかんがみ立候補の価値を抹殺する効果あるものであることが明かになつた。即ち、公報不掲載は他の一切の公営、私営、第三者の運動の価値を抹殺すると同断の効力を有することが青柳候補の運動と得票の事実から明瞭に立証できることとなつた。憲法第一五条が国民の公務員選定の権限も規定し公職選挙法第一条が右の憲法の条章を受け民主政治の健全なる発達を期することを目的としたる根本的法の理想に遠きこと著しき事実と断せざるを得ないである、と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却すとの判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

一、原告等主張事実中青柳長次郎が昭和三十一年六月二十三日執行された参議院全国選出議員の選挙において松平俊子の推選により同年六月二十三日被告に対して立候補の届出をなし、同時に青柳長次郎が推選を承諾したこと、原告等がその選挙人であること、右届出に際して中央選挙管理会は届出人に対して「届出は受理するが選挙公報掲載申出期日を経過しているから選挙公報の登載は出来ぬ」旨を告げた事実及び選挙公報に青柳長次郎の氏名、経歴、政見等が掲載せられていなかつたことは認めるがその余の原告等主張事実は不知である。参議院全国選出議員の選挙において候補者が選挙公報に氏名、経歴、政見等の掲載をうくるには中央選挙管理会に対して選挙の期日前十八日までに文書でその申請をしなければならないのであつて、そのことは公職選挙法第一六八条の規定するところである。そして、昭和三十一年七月八日執行の参議院全国選出議員の選挙については右の法定の申請期限は同年六月二十日までである。しかるに同日までに青柳長次郎から右申請がなされたという事実は存在しない。そして、その事実が存在しないことは原告等の認めるところである。かくの如く、候補者の氏名、経歴、政見等を選挙公報に掲載するにはその申請が法定の申請期限までになされることを要し、もし、合法的申請がなされていない場合にはこれを選挙公報に掲載することは法の認めないところであるから、その掲載をしないということは勿論選挙の規定に違反することでなく、従つて、またその不掲載の事実を以つて選挙の全部又は一部の無効の原因とすることはできない。

二、公職選挙法第一六八条は何ら憲法第一五条または同法第四七条に違反する規定ではない。

(一)、公職選挙法第一六八条が法律上候補者を不平等または不公平に取扱つている事実はない。同条の定むるところによれば、選挙公報を使用するとせざるとは全く各候補者の自由であり(その使用は義務でなく、勿論これは選挙の自由尊重する意味において当然のことである)またおくれて選挙公報を使用し得ない時期になつて立候補する者は、専ら本人の都合によることであつて、固より本人以外の何人の責任でもない。しかも、本件においては青柳長次郎の立候補届出に際し念のため係員より選挙公報を利用し得べき時期を経過している旨を申し伝えそれを承知の上で立候補の届出がなされているのである。然るに、後日落選後になつて、このような場合の措置が候補者を不公平不平等に取扱つていると主張するのは余りに見当違いの身勝手であり、はなはだ御都合主義の主張である。

(二)、原告等は選挙公報の性質を誤解しているものである。

(1)、選挙公報は原告等のいうように、公の機関が何人が候補者であるかを確認しこれを選挙人に告知する趣旨のものではない。そういう目的でなされる公の措置は別に存するのであつて、(イ)選挙期日前七日から選挙当日まで人の見易い場所になされる各候補者の氏名及び党派別の掲示(公職選挙法一七三条乃至一七五条)(ロ)選挙当日投票を記載する場所その他適当なる箇所になされる各候補者の氏名及び党派別の掲示(同法第一七五条の二)がそれである。これらの掲示は職権を以てすべての候補者について洩れなく行われるのである。然るに、選挙公報の発行はそれらとは別のものであつて、これは選挙の場合の公のサービスの一として上述のように候補者の希望により候補者の氏名、経歴、政見等を文書にして有権者世帯に配布するものである。

これは同様の趣旨の他のサービスたるラジオ放送(同法第一五〇条第一五一条)または新聞公告(同法第一四九条)等と同性質のものである。これに洩れていたからとて、それだけでその人が候補者でないと即断できないことは当然であり、法の誤解である。

(2)、原告等は立候補の届出期限(同法第八六条)と選挙公報の締切期限(同法第一六八条)とを本来不可分のもののように考え、これを分離することは性質上許されないことと解しているようである。しかし、選挙公報が前記の如きものである以上、この二つの期限を絶体に一致させねばならぬという理由はない。もし、原告のいうようにすると、その必然の結果として立候補届出期限を現在より短縮するか、または選挙公報の締切期限の方を延長するか、どちらかにしなければならない。

然しながら立候補届出期限を短縮することはきわめて重大なことであつて、立候補の自由を尊重してできるだけこれに時間的余裕を残して置かねばならぬという要求が無視されることになるし、逆に、選挙公報の締切期限の方を延長することになると、選挙公報の作成、配布の事務的期間がそれだけ短縮され果してそれでその正確性、確実性が保証できるか、どうかという問題が生じてくるこのいわば相反撥する(時間的)要求を同時に充足させる方法はない。これが現行法において、この二つの期限を同一にせず、それぞれその最大の許容量のギリギリの期限をきめている所以である。殊に同法第八六条第三項の立候補届出の場合などを考えると、この二つの期限を同一にするなどはとてもできることではない。

(3)、候補者となつたすべての人にその希望がある限り選挙公報を利用し得る機会を与えることは望ましいにしても上述の如き諸事情であるから、それは時として全く不可能であり、また、たとえ不可能ではなくともそれには甚しい他の不都合や困難が生じてくるのである。すなわち、重要なる立候補の自由を犠牲にするとか、選挙公報の作成配布を不確実なものにするとかである。更に、いろいろの事情から、選挙公報を利用できなくても、あえて立候補し、その他の選挙運動を活用して当選を期したいという者がある場合、それを抑えることは不当である。このようにして、あらゆる角度から多角的に考察した結果、現行法は結局二つの期限を区別することにし、そして、それぞれにその最も適当なる期限を定めることにした。そして、それで、それぞれの要請を可能なる最大限度に満足せしめているのである。或は、このやり方、の適否、巧拙などについての立法論的批判はあるにしても、このやり方が憲法で保証された国民の基本権を侵害するとか、選挙の根本を破壊するものだなどいう議論のあり得る筈がない、すなわち、同法第一六八条が憲法第一五条または、第四七条の規定に違反する等という意見は全く根拠がない、と述べた。

理由

一、訴外青柳長次郎が昭和三十一年七月八日執行された参議院議員選挙において松平俊子の代人南俊夫の推薦により同年六月二十三日被告に対して全国区の候補者として立候補の届出をなし、同時に青柳長次郎は右推薦を承諾したこと、原告等が当時選挙人であつたこと、右立候補の届出に対して被告は右立候補届出が選挙公報登載申請期日(昭和三十一年六月二十日)後であるから選挙公報へ登録はできぬことを通告したこと、同選挙において発行された選挙公報に青柳長次郎が登載されなかつたことは当事者間に争いがなく、同人が該選挙において落選したことは弁論の全趣旨に徴して当事者間に争いのないところである。

二、原告等は青柳長次郎が右選挙公報に登載されなかつたため事実摘示記載のような不利益を被つたものであり、同候補を右選挙公報に登載しなかつたことは、公務員を選定する国民固有の権利を奪うものであるから、憲法第十五条第一項に違反するものであると主張するので、この点について判断する。

(一)、公職選挙法によると全国区選出参議院議員の候補者は当該選挙の期日の公示又は告示があつた日からその選挙の期日前十五日までに当該選挙長に立候補の届出をしなければならないのであつて、選挙運動は届出のあつた日から当該選挙の期日の前日まででなければすることができないことになつている。そして、選挙運動としては通常葉書(参議院全国選出議員の選挙にあつては候補者一人について五万枚)の領布、ポスター、立札、ちようちん、看板の利用、新聞公告、政見放送、立会演説会、街頭演説及び候補者の氏名、経歴、政見を選挙公報に登載することなどである。

(二)、そこで、選挙公報について公職選挙法はどのような規定をしているかを調べてみる。

衆議院議員、参議院議員、都道府県知事の選挙においては、都道府県の選挙管理委員会は公職の候補者の氏名、経歴、政見等を掲載した選挙公報を選挙ごとに一回発行しなければならない(同法第一六七条)。公職の候補者がこれに氏名、経歴、政見等の掲載を受けようとするときは、その掲載文を具し、全国選出参議院議員の選挙にあつては当該選挙の期日前十八日までに中央選挙管理会に文書で申請しなければならない。前掲の掲載文は全国選出参議院議員の選挙にあつては字数は五百を越えることができない。これを超過した部分は選挙公報に掲載しないものとする(他の選挙にあつては字数は千五百とする)。(同法第一六八条第二項第三項)全国選出参議院議員の選挙について選挙公報に登載の申請があつたときは中央選挙管理会はその掲載文(掲載文の文数が前記の制限を超えるときはその制限内の掲載文)の写二通をその選挙の期日前十日までに都道府県の選挙管理委員会に送付しなければならない。

参議院議員の選挙においては全国選出議員の候補者の選挙公報と地方選出議員の候補者の選挙公報とは別の用紙をもつて発行しなければならない(同法第一六九条)。選挙公報は都道府県の選挙管理委員会の定めるところにより当該選挙に用うべき選挙人名簿に記載された者の属する世帯に対して選挙の期日前二日までに配布するものとする(同法第一七〇条)公職選挙法は選挙公報についてこのように規定しており、その事務は甚だ煩雑かつ、ぼう大なものであることが窺われるのである。

(三)、ところで、選挙期日前十五日ないし十七日までの間の三日間に立候補の届出または推薦の届出をしたものは選挙公報への登載申請をすることができないのであつて、選挙公報を利用できないことは候補者にとつて選挙運動上不利なことはもとより当然のことである。

(四)、被告は「選挙公報は公の機関が何人が候補者であるかを確認し、これを選挙人に告知するという趣旨のものではない。このような目的でなされる公の措置は同法第一七三条ないし第一七五条の二に規定する各候補者の氏名、党派別の掲示がそれであつて、選挙公報は公のサービスとして候補者の希望によつて有権者世帯に配布するものである。これと同趣旨のラジオ放送、新聞公告などがあるから選挙公報にもれたからといつて、その人が候補者でないと考えられるようなことはない」と主張する。

(五)、なるほど公職選挙法によると選挙公報に候補者の氏名、経歴、政見を登載することは候補者の希望によるのであるから、同法の建前からのみいえば公のサービスであるとも云えるのである。然しながら、選挙公報は公の機関である選挙管理委員会から有権者の属する各世帯毎に必ず配布されるものであり、しかも、新聞、ラジオとは異り選挙公報として特に印刷されたものが別個に配布されるのであるから、新聞、ラジオのように読み落し、聴き落しというようなことはないわけである。従つて、候補者が自己の氏名、経歴、政見を有権者に知らしめる手段としては最も有力かつ、確実な方法であり、また、各選挙人にとつても、各候補者の氏名、経歴、政見を知るについて最も適確なものであつて、殊に全国選出参議院議員の場合においてはこのことは特に顕著なものと考えられる。

(六)、このような事実から、参議院全国選出議員選挙の候補者にして選挙公報に登載を希望しない者があるとは到底考えられないところである。

(七)、以上のとおりであつて、選挙公報は候補者にとつて最重要な選挙運動であるばかりでなく、選挙人が適確にその選挙権を行使するについても重要な資料であるから、選挙公報につき、公職選挙法第一六八条に定められた登載申請期限が著しく不当であるときは公務員を選定する国民固有の権利を害することになるのではないかとの疑も生ずる余地がある。

(八)、そうだとすれば、選挙公報登載申請期限は立候補届出締切期限と一致せしめ、かつ、出来るだけ選挙期日に切迫する日まで登載申請を許すことが理想的な方法である。然しながら、全国区選出参議院議員の選挙にあつては全国に散在する選挙人所属世帯に選挙公報を配布しなければならないのであるから、選挙公報登載申請の期限を定めるについてはできるだけ候補者にこれを利用する機会を与えるよう考慮する一方、選挙公報について中央選挙管理会が登載申請書の整理、掲載文の整理、印刷、都道府県管理委員会への送付、更に同委員会での選挙公報の印刷、各有権者所属世帯への配布等に要する事務的時間について最少限度必要な余裕を置き、その公正、適確な配布を期さなければならないことになる。

公職選挙法は改正前においては、参議院議員の候補者はその選挙の期日前二十日までに立候補の届出をすることと定められまた、選挙公報登載申請は全国区参議院議員の選挙にあつてはその選挙期日前二十日までに中央選挙管理会に文書で届出をすることと定められていた。ところが、昭和三十一年三月十五日同法の一部改正によつて、立候補届出期日は当該選挙期日前十五日までと改正されたのを機会に選挙公報登載申請期間は当該選挙の期日の十八日前までと改められたのである。従つて、従来は立候補届出をした者はすべて選挙公報登載申請ができこれを利用する機会を与えられていたのに改正後は、選挙期日前十五日ないし十七日の間に立候補の届出をした者は選挙公報登載申請をすることができず、従つて、選挙公報を利用する機会を失することになるわけである。このように、立候補届出期日を五日間だけ選挙期日に接近させた一方、選挙公報登載申請期間を二日間短縮したのはもし、この期間だけを従来通り選挙期日前二十日としておくと、立候補届出は選挙期日前二十五日から十五日前までにすることができるのであるから、中央選挙管理会は僅に五日間の間に選挙公報登載申請書の受付、整理、印刷をなし、これを都道府県選挙管理委員会に送付しなければならないことになり、これでは到底選挙公報の公正適確なる配布はできないと認められた結果によるものであると考えられる。そして、この改正された期間は我国現在の経済状態、交通事情からみて決して不当なものとは思われない。原告等は選挙公報登載申請期間を選挙期日前十八日と定めたのは事実上可能なことを法律上不可能としたものであると主張するが、原告等と雖も公報の作成配布に相当日数の事務的時間を必要とすることはこれを否定するものとは考えられぬのであるが、はたして幾日を以つて相当とするのであるか、また、現在定められた期間を如何なる理由によつて幾日間短縮できるものであるかなど具体的な事項については原告等は何等主張するところがない。そして、現在の公報登載申請期間の定めが不当であつて、さらに短縮できるものと断定し得る資料はない。証人青柳長次郎の証言によつても原告等主張事実を認めることはできない。もし、選挙公報をすべての立候補者に利用する機会を与えんが為に立候補届出期日を選挙期日より遠ざけるような措置をとるようなことになれば、むしろ、このことこそ立候補者をして立候補の自由を制限し、国民の公務員選定の権利を害する虞があるものといわなければならない。従つて、立候補届出期日を選挙期日に近ずけた結果、選挙公報登載申請期間が短縮されたことは当然の措置といわざるを得ない。

(九)、以上説示するところによつて考えると、選挙公報登載申請期限を充分の根拠もなく短縮することは決して国民をして公務員を選定する権利をより充分に行使せめるものではなく、却つて、これを阻害するおそれがあるものといわなければならない。

(十)、証人青柳長次郎は「同人は、第一回の参議院議員選挙に立候補し五万数千票の得票があり、第二回の同選挙には一万数千票の得票があつた、然るに、昭和三十一年に行われた第三回の同選挙には法定額に達する位の運動費を使い、通常ハガキ、ポスター、新聞、ラジオ等法定の運動方法を利用し全力を挙げて選挙運動をしたに拘らずその得票は僅に六千余票にすぎずして落選した。そして、選挙公報に登載されなかつたため、鹿児島県大島郡竹島では二名の運動員は青柳長次郎は立候補を辞退したものと誤解して引き揚げ、石川県武生市では後援者全員が青柳候補は辞退したものと考えて投票を断念し、また、大阪からは辞退の真否を確めに運動員が上京したことがあり、その他大分、宮崎、熊本各県において非常な不利益を受けた」と供述している。既に説示したように、選挙公報は甚だ重要な選挙運動であるから、同候補が選挙公報に登載されなかつたことにより種々の不利益を被つたであろうことは充分考えられるところである。

(十一)、然しながら、この不利益は選挙公報登載申請期間経過後に立候補した結果被つたものであり、立候補当時当然予想しなければならないところである。そして、右の申請期間の定めが事務的必要から必然的に定められたものであることは既に説明したとおりであつて、同候補が被つた不利益は同候補が立候補の届出がおくれた結果による誠にやむを得ざるものといわなければならない。また、各選挙人が青柳候補の氏名、経歴、政見等が選挙公報に登載されなかつたために同候補が立候補を辞退したものと誤解し、これがため同候補に投票さるべかりしものが投票されなかつたというような事態を生じたとしても、これまた叙上説示の如き事情から生じた已むを得ないものであつて、これがため、国民の公務員を選定する権利が害されたということはできない。

(十二)、尤も、青柳長次郎が被告に対して立候補の届出をしたのは昭和三十一年六月二十三日であつて選挙公報登載申請締切期日後三日で選挙期日である同年七月八日までにはなお十五日を残し、選挙公報の配布期日の最終日である同月六日までには十三日の余裕があるわけである。従つて、同候補者のみについて考えれば、十三日間のうちに特に同候補のための選挙公報を作成して全国有権者に配布することは可能であつたかも知れないのである。然しながら、既に説明したように、選挙公報は候補者、各選挙人にとつて甚だ重要なものであるからその配布については誤りなきを期するため選挙公報登載の申請期日をある一定の期間に限定することは已むを得ないところであり、また、当然のことなのである。もし、締切期日後であつても選挙期日までに選挙公報の配布が出来る見込があるからといつて、登載申請を受け付けるようなことをすれば、結局登載申請期日は有名無実に帰しその結果、選挙公報の配布は不確実となり、また、公正適正を欠くことになり、却つて、候補者の取扱に不平等を来し、ひいては選挙人をして充分にその選挙権を行使せしめざる結果を生ずることとなるわけである。従つて、公職選挙法第一六八条に定められた期限は厳格に解釈すべきは言をまたないところであつてこの期限を無視した便宜の扱は却つて、選挙が選挙人の自由に表明した意思によつて公明かつ適正に行われることを確保し、以つて民主政治の健全な発達を期した同法の目的に反するものである。選挙公報登載申請期限に関する規定を準則規定であり、制限規定でも禁止規定でもない柔軟な規定であるとする解釈は採用することはできない。以上説示の如き公職選挙法第一六八条に対する前述の見解を公職選挙法の形式的皮想的な解釈であるとして非難することは憲法並びに公職選挙法の法意に副わざるものであつて、証人青柳長次郎の証言によつても右認定を覆すことはできず、他に原告等の主張を肯定すべき資料はない。

三、次に、原告等は公職選挙法第一六八条は憲法第四七条に違反するものであると主張するのでこの点について考える。

公務員を選定することは憲法に定められた国民固有の権利であり、また、公職の選挙はその選挙が選挙人の自由に表明した意思によつて公正かつ適正に行われることを確保し、民主政治の健全な発達を期さなければならないのである。従つて、公職選挙に関する事務は自らはん雑とならざるを得ないのであつて、選挙期日、基本選挙人名簿の調製、立候補の届出などについて一定の時間的余裕を定めなければ選挙は適正に行われることを期し難いのは当然であつて、選挙公報の登載申請についても一定の期限を設けざるを得ないことは勿論である。特に全国区参議院議員の選挙においては全国に亘つて選挙公報を配布しなければならないのであるから、その適正を期する上から公職選挙法において一定の期限を定めるのは蓋し当然のことであつて、候補者を差別待遇するものとして憲法第四七条に違反するものであるとの主張は採用することはできない。証人青柳長次郎の証言によつても右認定を覆すに足りず、他に原告等の主張を肯定すべき資料はない。

その他、原告等の主張するところは、選挙公報登載申請期限の現行法の規定を不当と認める根拠とすることはできない。

四、以上説示するところによつて、昭和三十一年七月八日執行された参議院全国選出議員の選挙が無効であるとする原告等の請求並びに当選者及び落選者の一部の当選、落選が確定せず、この部分の選挙が無効であるとする予備的請求はいずれも理由がないから、原告等の本訴請求は理由のないものとしてこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第九十三条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 伊藤顕信)

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